This
is music made with "YAMAHA
QY100" of SEQUENCERS.
これはSEQUENCERSの「YAMAHA QY100」で作つた音樂です。
莫差特
(モオツアルト・Mozart・1756-1791)
フルウト四重奏曲 flute
Quartet in D major K. 285
§
綾部山梅林
フルウト四重奏曲
flute Quartet in D major
1. Allegro
見渡せば綾部の梅や瀬戸の海 不忍
久し振りに店が休みで、本當は月ヶ瀬に梅を見に行く豫定だつたのだが、まだ蕾との情報で諦めた。
そこでお彼岸でもあつたので妻の實家へ歸る事にしたのだが、それならと播州綾部山梅林へ行つた。
二万本の梅が全山を覆ひ、眼下に瀬戸の海を臨む景色や良し。
飽きもせず日永眺めん梅の丘 不忍
綾部山梅林は山とはいふものの丘陵といつても差支へなく、古墳群が點在してゐる。
梅を見つつ瀬戸内海を眺望できる場所が三箇所はあり、島津久子女史の歌碑もあつた。
今囘は地圖にない一番上は次囘に譲つたが、今も目に殘る見事な滿開の眺めであつた。
これまでYoutubeに音樂を發表してきた。
樂器の扱ひとして「Pamphlet」や「Bottle」といふ自分の氣に入つたものを使ふ頻度が多いのは當然だが、堤琴(ヴアイオリン)をそれに置換へるやうになつたのは機械音では表情が出ない事もあるが、明かにマイミクのuchiさんからケエナを送られたのが切掛けである。
§
池田五月山の櫻
フルウト四重奏曲
Flute
Quartet in D major
2.Adagio
わが世とていのち輝く花の雲 不忍
十二日の木曜日に池田の五月山公園に行つた。
一面に櫻が滿開で、まるで山に雲がかかつてゐるやうに繚亂(れうらん)として春も酣(たけなは)といふ樣で、平日にも拘はらず駐車場が滿杯だつた。 長女と妻とお婆ちやんと、そして私の四人を長男がプリウスでお出迎へ!
塵の世や花の樞に守られて 不忍
樞(とぼそ)とは辭書によれば「戸臍(とぼそ)」の意で、開き戸を廻轉(くわいてん)させるやうに作つた穴とあるが、別に戸もしくは扉の意味もあつて此處では戸の事である。
俗事に塗(まみ)れた日常をこの時ばかりは花が俗世との境界線を作つて防波堤となつてくれてゐるやうだ。
座で愛でる宴や食べるは花の風 不忍
當初(たうしょ)『花を愛でる宴や風を食べてみる』であつたが斯(か)く改めた。
松を吹き拔けてくる風を「松風」といひ、其處に吹く風の音を「松籟」といふ。
少しづつ散らしながらさやさやと櫻の花を撫でるやうに吹き拔けてくる風を何と言へば良いのだらうか。
§
南光町の向日葵
フルウト四重奏曲
flute
Quartet
III.
Rondo.
2012年7月19日
ひまはりや目で食べてゐる休耕田 不忍
妻の實家に行く度に徳久(とくさ)驛附近を通ると南光町の向日葵(ひまはり)の立て看板がみられ、その情報が氣になつて仕方がなかつた。
今囘漸くその思ひが成就した。
休耕田を利用して植ゑられた向日葵の壓倒的な景觀に固唾を呑んでみてゐた。
陽を避けてソツポ向いたる日車草 不忍
「日車草」とは向日葵(ひまはり)の事で、別に「日輪草・日廻り草」とも言はれるが、全部で二百萬本もあり、順次咲いて行くので私が行つた時は百二十萬本だとホオムペエヂのにあつたが、それでも休耕田があちこちにあるので、觀たのは五十萬本位か。
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